輪廻転生 ~人は生き死にを繰り返しているだけ~

輪廻転生 その他

人は、一度は「死んだらどうなるのだろう?」と考えたことがあるでしょう。

死んだ人は何も語らないので謎のままです。

その問いに答えようとすればするほど、日常生活がおろそかになる恐れがあり、ほどほどにするのが健全だと思います。

私は人間の本質が知りたくて、心理学・精神世界・スピリチュアル・仏教の本を読み漁っていた時期がありました。その中で、原始仏教に辿りつきました。

原始仏教は、約2600年前のお釈迦さん(ゴータマ・ブッダ)の仏教で、日本の仏教と異なります。簡単に言うと、輪廻を抜けることを目的としているのです。

そもそも、原始仏教は輪廻転生があることが大前提となっています。輪廻転生は、バラモン教の経典であるヴェーダ、その中のウパニシャッド(約3000年前)から存在し、仏教はウパニシャッドの一部分を引き継いでいます。

古代のインドの人々は、人間の本質は何かについて膨大な議論を交わしてきました。新しい理論が生まれては論破され、時代の振るいにかけられ現在も伝えられていることは人類の英知と言えるでしょう。輪廻転生もそのひとつです。

輪廻転生がある理由

お釈迦さんは「縁起」を説きました。すべて物事は、原因と条件があるということです。今まで論破されてきていない真理でしょう。

人が生きているということは、何かの原因があります。それは、過去生があるから現世があり、現世があるから来世もあるのです。何もないところから、何も生まれません。実にシンプルです。

ウロボロス(自分のしっぽを飲み込んでいる蛇)が象徴するように、始まりが終わりであり、終わりが始まりであるのです。人も生き死にを永遠と繰り返しているのです。

仏教では、人の「五蘊」という人間の構成要素によってカルマ(業)が作り出され、そのカルマがエネルギーとなって新たな五蘊が作られるそうです。五蘊は自分とか魂とは似ていますが、異なるものです。難しいので同じようなものと考えても差しつかえありません。

輪廻を止めるのが人生の目的か?

お釈迦さん曰く、人間はdukkha(ドゥッカ)の存在だそうです。日本語では「苦」と翻訳されたので、人生は苦であるといわれることがあります。

しかし、dukkhaには、「苦」以外に、「不完全」「満たされない」とい意味も含まれます。

古代のインドは、自然災害が多く貧しくて、毒蛇にかまれて簡単に命を落としていたようですから、現代の日本の時代背景は異なります。

どんな世界観を持っていたのか知る由もありませんが、永遠に目的なく続いていくのですから、生まれ変わりは苦しいことという認識があるようです。

お釈迦さん自身も、次から次へと輪廻を繰り返すのは苦しいことであると言ったと伝えられています。そうして、自身も苦しい体験から、輪廻を終わらせる方法を伝えました。

輪廻のエネルギーとなるカルマを新たに作らないようにすると、輪廻転生が止まるとされています。それが涅槃であり、最上のやすらぎだったようです。

現在の日本や世界はおおむね豊かであり、可能性に満ちているので、生まれ変わらないのは、さみしいし怖い気持ちが起こります。

さらに、そのためには、導ける指導者のもので、それ相応の修業が必要でしょう。それができるなら、日常生活を前向きに生きた方が、喜び多い人生になるような気がします。

人の喜びは束の間であるとすれば、人の究極の目的はそうなのかもしれませんが、今の私にはわかりません。

存在と同時に時間が現れる

ここまで読まれた方は、永遠に輪廻を繰り返すっていうけど、どこか無理があるように感じている方も少なくないでしょう。

学校では、宇宙は137億年、地球は46億年、人類は数百万年か前に誕生したと習いました。永遠に輪廻しているなら、最初の始まりがあることになるから、辻褄が合わなくなる気がします。

私も以前はそう思っていました。時間が先にあると、輪廻は成立しません。

しかし、存在が先にあることで、時間が後で生まれるようです。後先と書きましたが同時です。存在そのものは、始まりものなく終わりもなく続いていき、時間は存在によって作られるようです。

よって、自分の存在が消えると、時間も同時に消えます。(不思議な話…というより怖いですね)

仏教の教理である「六根、十二処、十八界」は、認識されるものないと対象は存在しないと考えます。物理学では「量子力学」や「人間原理」の考えが近いでしょうか。

各自がこの世界を認知しているのです。ひとつの世界を多くの人(73憶人)が共有しているのではなく、世界が73憶個あるとも言えます。

なので、時間の始まりは、認識できないので無いことになっています。

お釈迦さんも「世界の始まりは、いつ始まったのかわからない」と言ったと伝えられています。それを考えるなら、目の前のことに集中した方がいいという意味合いも込められています。

輪廻転生は確証がありませんので、あると考えるか否かになります。

【参考本】人と思想 163 ミリンダ王 ―仏教に帰依したギリシャ人

ギリシャのミリンダ王と仏教の長老ナーガセーナの議論を、著者がわかりやすく
解説しています。特に3章では主なテーマである輪廻についての洞察が深いです。

輪廻転生はわかったから、じゃあそれをどう生かしたらいいのかと疑問いお思いでしょう?次の記事は、因果応報から人の生き方を見ていきます。

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