ネットを観すぎると疲れてしまうときがあります。ひと昔前はネットがなくても成り立ってので、現在は情報が多すぎると考えてよいでしょう。
情報弱者という言葉あり、情弱は損をすると言われています。情報はたくさん得た方がいいという意見もありますが、情報を得すぎると頭がいっぱいになって疲れてしまう側面もあります。
情報をシャワーのように浴びてサラッと流せる人がいいのですが、私は情報に敏感に反応するため処理するのに時間と神経を消費します。
情報との付き合い方を考えると、入ってくる情報を減らすしかないという結論になりました。
情報の8割は不要
ネット(動画、ニュース、ブログ、ツイッター)を主に、本もたくさん売られており、多くの人に見てもらいたいように工夫がなされています。
- ニュースサイトは、クリックしたくなるような見出し
- 動画サイトは、興味を引くサムネイルや関連動画が表示
- 本は、有益でためになりそうな表紙
表面的に興味をそそるだけで中身が薄い内容が多くあります。なぜなら、本来中身が薄いものを、いかにも興味をそそるようなキャッチフレーズやデザインに施しているからです。
元々、有益な情報は2割くらいなのに対し、作り手の装飾によって面白いように見せているだけです。よって8割の情報は不要と考えてよいでしょう。
ふと気を抜いて情報を得ていると、ただの受け身の状態で時間を費やしてしまいます。疲れるだけで、自分の活動時間と神経が減っているのです。
情報疲れをしないために、中身がないと感じたらそれ以上の情報に触れないように取捨選択します。
お金が絡む情報は見極めが重要
情報の中にはモノの販売や契約ごとがあります。お金が絡む情報は、売るために欲しいと思わせるような煽りが入っているなど、発信者が有利になるような誘導が含まれている場合があります。
消費者も年々賢くなっているため、悪質な手口はすぐにバレて売れません。巧妙に正義の仮面をかぶって、お金儲けに結び付けているので判断がつきにくいのです。
その情報の判断は、発信者のお金儲けか、良心にもとづくものか、はたまたその両方が混ざっているかを読み取る必要があります。お金が絡む情報は見極めが重要です。
広告には心理操作が潜んでいると心得
インターネットは何かを販売する仕組みがあり、テレビはCMが入り、電車にも広告が張られています。それらの広告は費用払って出しているのですから、見返りを期待するでしょう。
全ての広告がそうとは限りませんが、良心的ではない広告は、誘導や刷り込みの心理操作が仕込まれています。
たとえばダイエット関連の広告は、痩せている方がいいという価値観を植え付けようとしてきますね。本来は各自の判断に任せればいいのですが、油断していると広告主側の価値観を吸収してしまいます。
広告はなるべく見ないに越したことはありませんが、見てしまったら営利目的だと理解して接する必要があります。
自分の適量を超えるインプットは入ってこない
有益な情報だからといっても、一度に多くの情報をインプットしても頭に入ってこなくなります。
たとえば実用書を1日7時間読んでも、最初の内容は忘れているでしょう。脳の中で情報が上書きされている状態です。小分けに1日1時間にして、1週間で7時間使うと理解が深まるでしょう。
学習は繰り返しによって脳が大事な情報だと記憶します。そして睡眠で定着するようです。一度に大量の情報を入れても効率はよくありません。
人によってのインプットできる情報量は異なるでしょうから、自分の適量を知り超える手前でストップすると疲れにくくなります。
情報を減らすと快適な生活になった
私は情報疲れする傾向があったので、意識的に情報を減らして生活をしてみました。私の事例ですが、
- テレビは観ない
- ネットは興味のあるニュースを少し見る程度
- YouTubeは時間を決めて観る
- ブログやツイッターも移動時間にチェックする程度
- 本は興味のある分野だけを読む
情報を減らしてみると、快適に生活ができるようになり、自分のすることに時間と神経を使えるようになったのです。
それまでは情報を得すぎて、自分で身動きが取れない状態にしていたのです。よく修行者が山に籠るのも、自分のするべきことに集中するために外界の情報を遮断する感覚に近いかも知れません。
完全に情報を遮断するのは極端ですが、情報を減らすと本来自分のすることが浮き彫りになっていきます。その経験から情報は減らし気味がちょうどよいと分かったのです。
情報の主導権は自分
情報を減らには、情報に対する姿勢が変わることも意味します。
情報は必要になったときに、ネットで調べるか本を読むなどして自分から情報を取りに行く姿勢にすると、それ以上の余分な情報を得ようとしません。
主導権が相手=情報を相手からつかまされている
主導権が相手にある状態は、自分の意思とは関係なく情報に触れているときです。楽しいテレビや動画という娯楽の時間もあってよいのですが、受動的な時間が多すぎると、そこから本質的な喜びは生まれにくいでしょう。
自分が情報の主導権をにぎる意識があれば、バランスは整うと思います。今の時代は情報が多すぎると理解して、疲れるなら情報を減らしてみることをおすすめします。
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