大阪の店員さんは愛想が抜群

大阪の店員さん 大阪について

最近、2年ぶりの大阪に戻ってきました。久々に大阪に戻ってくると、周りがみんな関西弁を使っていることだけで嬉しく思います。今まで東京にいた頃は、関西弁をセーブして標準語に近づけていたから、それをしなくていいという開放感があります。

そして、普段の生活の中でお店を利用したときに大阪の魅力をあらためて実感します。それは、店員さんの愛想が抜群によいからです。

コンビニやスーパー、カフェや飲食店など、お店に行くと大体フレンドリーな反応が返ってくるから、単純に気持ちがいいのです。

何か聞きたいことがあったときも、話しかけようか、どうしようかと迷わずに聞いていいのです。東京では空気を読んで、忙しそうだからやめとこうとか、微妙な反応が返ってくると嫌だなとか余計なことを考えてしまいました。大阪は素の状態でいられるのがもっとも好きなところです。

ただ、場所によって反応は変わります。繁華街や都会の中心部はあまりフレンドリーではないことが多い。不特定多数の人を相手にしていると、人間味のある反応よりマニュアル的な対応になる傾向になります。これは東京でも同じ現象が起こっています。そのため、繁華街から少し離れた地域をおすすめします。

他府県に旅行で行ってみましたが、大阪(関西圏内含む)の店員さんの愛想のよさはピカイチです。この記事では、なぜ店員さんの愛想がいいのかについてと、その奥にある大阪の文化を考えてみました。大阪の理解につなげていただくと幸いです。

大阪は商売の街

大阪は商売の街です。店員さんの愛想が悪かったら、そのお店は流行らなくなります。お店は商品とお金と単に交換する場所ではなく、店員さんの接客も込みになっている感覚があります。その感覚は無意識化に刻み込まれています。

お店の経営者だけではなくアルバイトも同じで、接客とはそういったものという感覚を当たり前のごとく身に着けています。相対的に接客の基準値が高いのです。

私が東京でコンビニや飲食店に行ったとき、愛想のなさに呆然としました。東京は単に「商品とお金」のやりとりがされています。まあそれでいいのですが、物足りなさを感じつつ場所が変われば常識が変わることを体験しました。

大阪は人とのやり取りが好き

私は東京と大阪の両方でUber Eats の配達をして気が付いたことがあります。配達時に、東京では直接手渡しする割合が3割くらいだったのに対して、大阪では9割くらいになるのです。(大阪は玄関前に置くと盗まれる確率が高いのもありそうですが)

大阪は人と直接やり取りを好む文化があると実感したのです。いつの間にか玄関に置かれているような機械的な反応を好む人は少なく、直接やりとりがする人情的な反応を好みます。

人とかかわる文化が根付いている

大阪はお笑いの文化が根付いていて、面白いことが好き。まず人と話してみないことには何も始まりません。そして、マニュアル的な対応より臨機応変な対応を好みます。そこに人間味があり、さらにはその中に面白いことが隠れていることが多いからです。

お店での対応も、基本的なマニュアルやルールは存在していますが、わりと臨機応変な対応をしてくれます。マニュアルやルールはあくまで表面的に存在しているだけで、実質的には人とのかかわりを大切にしています。

街全体の雰囲気や人の性格がアバウトに感じるのもそのためです。決まった形式にせずに、ある程度スキを作ることで、ツッコミどころを残しているのです。

お店や街中で落とし物をした時も、「落ちましたよ」と声をかけてくれることが多い。親切であり、おせっかいでもあるのです。

人との距離が近い

店員さん以外でも、私が今住んでいるアパートの階段で年配の人がおりてきたので挨拶したら、「お帰り」と言われることや、街中で座って休憩していると知らない人が話しかけられることも時々あります。もちろん変な人ではなくごく普通の人です。

特に年配の方は人と気軽に話をする習慣があります。そんな人たちに育てられている子たちも自動的に人懐っこくなります。そうして大阪の文化が継承されています。

もし大阪に行く機会があれば、繁華街だけでなく少し離れた地域のお店に行ってみてください。具体的にはJR環状線の外側にあるようお店です。大阪の素敵なところが感じられると思います。